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09/17 東京23区に世界遺産の文化遺産が誕生か
新聞報道によると、政府は9/14に国立・西洋美術館本館(1959年・東京・上野)について、世界文化遺産への登録を推薦することを決めたとのこと。国立西洋美術館・本館は近代建築の巨匠とされるフランスの建築家、ル・コルビュジエ(1887~1965)が設計したたてもので、フランスやスイスなど7ヵ国と連盟でコルビュジエの作品を推薦する予定とのこと。早ければ平成21年の世界遺産委員会で可否が審議され、登録されれば、複数国にまたがる個人の作品群としては初の世界遺産となるようである。
個人の作品群としてはアントニ・ガウディ(1852~1926)のアントニ・ガウディの作品群がすでに世界遺産に登録されている。こちらは近代建築だが、すべてスペイン国内に閉じている。近代建築が世界的に与えた影響という意味ではル・コルビュジエの作品群には文化的な価値が十分に思える。一方では日本ではそれほど知名度が高くなく、政府としても予想外の展開だったらしい。
日本での知名度といえば、豊郷小学校で話題になっていたウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964)に分が上がりそうだ。ウィリアム・メレル・ヴォーリズはアメリカに生まれ、英語科教師として1905年に来日し、1941年に帰化した日本人である。彼が手がけた主な建物は有名なものだけでも、明治学院大学礼拝堂、関西学院大学、日本基督教団大阪教会、旧神戸ユニオン教会、同志社大学今出川キャンパス内校舎などがあげられる。海外の人物が日本の建築史に与えた建物として文化的な価値は十分あるが、残念ながら日本に閉じている。
世界遺産の登録で最近違和感を感じ始めたのだが、世界遺産とはそもそも何なのか。最近は世界遺産の登録が増えすぎ、登録を抑制するとともに、世界遺産の考え方が生まれたため先行して数多く登録されていたヨーロッパ偏重から、まだあまり多く登録されていない国の登録や単一性を重視する傾向に変わってきているらしい。
イメージだけで言うと文化遺産は昔は単に古い建物といった感じだったが、近年は石見銀山を始めとする近代建築の登録を増やしているとのこと。さらに、日本には富岡製糸場と絹産業遺産群も世界遺産暫定リスト入りしている。○○史に世界的な影響を与えた△△という意味では、環境に配慮した銀の採掘で世界に輸出をし、鉱山と銀製品の産業史に影響を与えた石見銀山、明治時代に絹の生産を基幹産業として富国強兵政策に多大な影響を与えた、かつ世界に輸出していた富岡製糸場といったところか。この手の○○、△△はまだまだいっぱいありそうだ。近代遺産は比較的軽視される傾向にあるので、世界遺産の指定は単なる観光資源だけではなく、恒久保存という意味で十分に価値があるようにも思える。
07/10 北海道遺産について
列島宝物館に
北海道遺産の情報を追加しました。北海道遺産とは北海道遺産構想推進協議会が策定したもので、次世代へと引き継ぎたいと思う有形・無形の財産のうち北海道民の宝物を計52件選定しています。世界遺産や国宝などとは評価基準が大きく違って、地域の思い入れを重要視しているようです。
10/22 大名庭園の世界遺産
日本古来のもので日本が自信を持って世界に紹介できるものということで、江戸時代の大名庭園があげられる。江戸時代に全国各地の大名たちが美を競い合ってつくったものである。世界的に見ても日本庭園とも呼ばれる大名庭園は別格である。
既に世界遺産に登録されているものに二条城の二の丸庭園が上げられる。こちらは国の特別史跡・特別名称にもなっている。大名庭園ではないが庭園として登録されているものには、琉球王国の庭園として識名園もあげられる。
その他、庭園の美しさを重視し、歴史的な背景をそれほど気にせずに是非世界各国に見せたい庭園といえば、兼六園、後楽園、浜離宮恩賜庭園、栗林公園が思い浮かぶ。これらの庭園を一括しても良いので世界遺産に登録するという動きが本格化してもらいたい。
ちなみに、江戸の下屋敷でもあった浜離宮恩賜庭園は徳川幕府の離宮にもなったから特に格式高い。
一方、兼六園、後楽園、栗林公園といったところは大名居城の庭園だったこれらの庭園には、居城とセットでと言いたいところだが残念ながらどの城も天守閣はもちろん、城郭の遺構もほとんど残っていない。そんなわけで、城郭遺構に庭園もセットで世界遺産に登録というわけにはいかなそうである。
05/27 京都の御所
先日、京都御所に行った。江戸時代まで宮廷だった場所だけあって格式高い建築がいっぱい。
皇室関係の施設は文化財や史跡の指定からはずされている。そのため、文化財級の施設が多く残る京都御所も例外なく文化財指定されていない。たとえば、天皇陵とされる古墳も同じ理屈で文化財指定されていない。
文化財指定をすることが許されれば、皇室という日本特有の文化に関する施設ということで世界遺産級の史跡だと思うのだが。。
写真は後日整理してから公開する。
05/06 世界遺産への登録準備が進む平泉についての詳細
平泉の現状:
2008年にユネスコの世界文化遺産に登録するために準備中。必須の条件である世界遺産暫定リストには2001年4月に登録済み。革新地域として推薦予定の全地域は国指定の史跡に登録済み。指定史跡の範囲は計210.6ha。
ほとんどの場所は長い年月を経て地下に埋もれており、地上からうかがい知れるのは礎石や池や建物の起伏などのみである。現在も発掘調査中で、未発掘の部分を多く残す。平泉には中世から残るいわゆる建築物や構造物はほとんどない。しかし、そこには奥州藤原家により反映を極めた平安浄土の文化的遺構が跡地として多く残る。
革新地域:
計9ヶ所
・ 中尊寺(平泉町)
中尊寺の写真
12世紀初頭、奥州藤原家の初代・清衡により建立される。戦争のない平和な仏国土をつくることを目的に、中尊寺に40の堂塔と、300以上の禅坊をつくったとされる。現在は奥州藤原家の遺体安置所である金色堂が残る。
・ 毛越寺(平泉町)
毛越寺の写真
往時は約500の僧坊と、多数の伽藍が造営された大寺院。平安文化を伝える浄土庭園が残る。
・ 無量光院跡(平泉町)
無量光の写真
極楽浄土の宮殿跡。
・ 柳之御所遺跡(平泉町)
柳之御所遺跡の写真
藤原氏の政庁跡。
・ 達谷窟(平泉町)
蝦夷討伐の坂上田村麻呂により造営。
・ 金鶏山(平泉町)
3代・秀衡が土砂を運ばせて一晩で築かせた山と伝わるなど、
高さ98mの伝説に満ちた山。
・ 骨寺村荘園遺跡(一関市)
清衡が与えた荘園跡。
・ 白鳥舘遺跡(奥州市)
藤原氏の祖先である安倍氏の親族の居城
・ 長者ケ原廃寺跡(奥州市)
黄金を売って富を築いた商人の屋敷跡と伝承されていたが、近年の発掘調査により、寺院跡とする説が有力。
詳しい情報:
平泉町世界遺産推進室
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