平泉の現状:
2008年にユネスコの世界文化遺産に登録するために準備中。必須の条件である世界遺産暫定リストには2001年4月に登録済み。革新地域として推薦予定の全地域は国指定の史跡に登録済み。指定史跡の範囲は計210.6ha。
ほとんどの場所は長い年月を経て地下に埋もれており、地上からうかがい知れるのは礎石や池や建物の起伏などのみである。現在も発掘調査中で、未発掘の部分を多く残す。平泉には中世から残るいわゆる建築物や構造物はほとんどない。しかし、そこには奥州藤原家により反映を極めた平安浄土の文化的遺構が跡地として多く残る。
革新地域:
計9ヶ所
・ 中尊寺(平泉町)
中尊寺の写真
12世紀初頭、奥州藤原家の初代・清衡により建立される。戦争のない平和な仏国土をつくることを目的に、中尊寺に40の堂塔と、300以上の禅坊をつくったとされる。現在は奥州藤原家の遺体安置所である金色堂が残る。
・ 毛越寺(平泉町)
毛越寺の写真
往時は約500の僧坊と、多数の伽藍が造営された大寺院。平安文化を伝える浄土庭園が残る。
・ 無量光院跡(平泉町)
無量光の写真
極楽浄土の宮殿跡。
・ 柳之御所遺跡(平泉町)
柳之御所遺跡の写真
藤原氏の政庁跡。
・ 達谷窟(平泉町)
蝦夷討伐の坂上田村麻呂により造営。
・ 金鶏山(平泉町)
3代・秀衡が土砂を運ばせて一晩で築かせた山と伝わるなど、
高さ98mの伝説に満ちた山。
・ 骨寺村荘園遺跡(一関市)
清衡が与えた荘園跡。
・ 白鳥舘遺跡(奥州市)
藤原氏の祖先である安倍氏の親族の居城
・ 長者ケ原廃寺跡(奥州市)
黄金を売って富を築いた商人の屋敷跡と伝承されていたが、近年の発掘調査により、寺院跡とする説が有力。
詳しい情報:
平泉町世界遺産推進室